(▲自然の法則の「しくみ」を体験する▲)
前回の《問題の定義/前半》に引き続き
《後半》動画をお届けいたします
《前半》では、なぜ問題は発生し
そしてなぜ問題と向き合えないのか等について
詳しくご説明させていただきましたが
今回《後半》では
| ◆問題をやめる具体的Step ◆重要な「心の器」の育て方 ◆自然の法則の原理原則 |
など
「問題」を実際にどういう手順でやめたら良いのか
そしてその為の問いの立て方はどのようにしたらいいのか
《問題》についてより踏み込んで解説していきます
| 「問題の定義」3部作 |
|---|
| 前半:なぜ問題と【向き合えない】のか 後半:問題をやめるには【問い】の立て方が重要 番外編:そもそも【問題】など無かった?! |
それでは今回のテーマ
《【問題をやめるStep】心の器の育て方《自然の法則の原理原則》問題の定義/後半》
まずは動画をご覧ください
(先に前半動画をご覧いただく事をおススメします)
●「答えの出ない問い」の立て方の真意
唐突ですが
然学(自然中和学)カリキュラムは、6つの「Zen」で構成されています。
| ①善学→②前学→③全学→④繕学→⑤漸学→⑥禅学 |
詳しい内容は割愛しますが、
着地点である「禅学」とは、どんなモノかというと
「禅」にみられる「公案」に通ずるものがあります。
「答えを与えるのではなく【問い】によって本人の認識の位置を動かす」
という方法論が似ています。
その問いを生み出している「前提」へ「問いを返し」
「答える」のではなく「問いの位置」を変えます。
| たとえば通常の問答は 「問い → 答え → 理解」という構造ですが |
| 禅問答や然学的な対話は、 「問い → 問い返し → 前提への気づき → 視点や視座の転換」 |
すなわち、知識を増やす(回答を得る)というより
「どこから視ているのか」を認識する対話です。
前提として
大抵の思考は「善悪」「正誤」「有無」という
二択のどちらかに着地させようとしますが
ここでは、「有るのか無いのか」問われたとき、
どちらが正解か、もしくは第三の正解を考えるのではなく、
そもそも「有/無」に分けて
世界を見ている”意識そのもの”の矛盾点を露呈させます。
さらに
AとBの「二極」を生み出している
より大きな「全体」を視ることで「中和」に導きます。
したがって
「正」 or「 反」 → どちらかを選ぶ
ではなく
「正」 ⇔ 「反」 → 両者を含むところへ視座が移ることを目指します。

前回の前半ブログでも述べた
ヘーゲルの「アウフヘーベン(止揚)」ですが、カンタンではありません。
こんにちは。
ニュートラル・ナビゲーター 長山 恭子です。
冒頭から小難しい話になりましたが、
今回の動画テーマ「問題の定義」に欠かせない
「問いの立て方」というのが後半の内容ですので
「問い」と言えば、禅問答の「公案」だと、
「然学」最終カリキュラム(禅学)を引き合いに出してみました。
これまでよく言われてきたコトとして
| ・然学は難しい ・宇宙語を聞いてるみたい ・長山動画、まじナニ言ってるか分からんw |
カルピスの原液をチビチビ飲むしかない感じ、と。
ある意味「的を射たり」ですが、それは
「問い → 答え → 理解」を促す学びではないからです。
| そもそも問いの前提が「ズレている」ということを 「問い返し」によって促し 当事者「自ら」答えを探していく学び |
なので内容理解が進むと、一気に
「するめ動画(噛むほどに味わえる)」へ変身します。
しかして、インスタントに慣れた現代人に
こんな「まどろっこしさ」は好まれず
「即答」&「快」が望まれる昨今には
このシステムに合ったショート動画などの「磁力」に引っぱられます。
然学でいう「Stay」とか「感情を感じキル」とか、そんなのをやると
たちまちDMN(デフォルトモードネットワーク)が作動し
「泥水」をすすることになり
その「取り扱い」に慣れるまで、しばし戸惑うことになります。
●対立ではなく「それ」を生み出す全体性
とはいえ
これまでのように「二項対立」の問いをいくら続けても
一向に答えにたどり着けない「ジレンマ」のほうが辟易します。

そこで
「対立する2つをどうにかする」のではなく、
「その2つを生み出す【全体】とは何か」を問い
次なる砦の「突破口」を開くために
然学に取り組む方が少なくありません。
この流れ(2つを生み出す全体)を説明します。
| 一般的にみる 不快感情を「無くすにはどうしたらいい?」 という問題解決への「問い」ではなく |
然学的「対話」では
| ①「その感情の奥にナニがあるかみてみよう」 と問い返した瞬間 不快感(問題)は「排除すべき対象」から 「意味ある現象」へとシフトします 次に ②「なぜその感情が生まれると思うか?」 と問えば 単なる現象から「構造会議」へと移ります そして ③「それを前提とする反対にナニがあるのか?」 と進めることで「二項対立」が現れます ようやく ④「そのとき両方が必要だったと理解できるか?」 の問いから「中和」に向かいます |
この流れをつくるための「問いの立て方」を
地道に身に付け、「心の器」をより強固に大きくしていきます。
(心の器についてより詳しくは今回動画をご覧ください)
●「心の器」が整うことで向かう究極の目的地は?
ここで再度お伝えしますが、学びの「本質」は
苦しみや葛藤を「なくす」ためのモノではなく、
それを通過し、意味を見いだし、智慧へと成熟させ
その「智慧」を自分だけのモノにしないことでもあります。
この「理論と体験」を体得し
次の世代にバトンタッチしていくという「大義」があります。
これまで然学メンバーの数々の体験談のご紹介や
インタビュー動画等でも分かる通り
そもそも
然学カリキュラム(6つのZen)は、これまでわたしと一緒に
「自然法則」の中で、体験してきた仲間たちと
思考錯誤しながら理論を構築し、カラダの体得を通して
学びを「体系化」してきた「みんなの宝物」です。
彼らの協力と実体験(検証)なくして
「シンボルランゲージ・然学メソッド」は存在できません。
ここからも分かるように
体験する者、分かち合う者、カタチとして残す者がいる
「イワシの群れ(超個体)」のような活動だからこそ
個の「痛み」を個人の中だけで
解決するのではなく、それ(問題)を入り口として
全体へと降り、そこで得た智慧を
再び「個人・関係・社会」へと持ち帰る「循環学」でもあるのです。

然学を立ち上げた当初のわたしは、とにかく全体性を掴むため
抽象度を上げるトレーニングに「重き」を置いてきましたが
抽象だけでも、具体だけでも「全体」は掴めない
ということを痛感した現在
「抽象⇔具体」を行ったり来たりできる柔軟性を
意識した活動にシフトしています。
「するめ問答」と「至れり尽くせり解説」両輪を目指して!
おわりに
前半ブログで取り上げたドラマ
TBS系日曜劇場「御上先生」の
最終話シーンです。
御上先生から卒業生へのメッセージ:
| 「人生かけて【答えの出ない質問】を考え続けるコト それは、未来そのものだから」 |
【問いに答えはない】
なぜならその問いは、その後も「続く」人生から
ずっと問われ続け、考える必要があるから。
もう一度「考えましょう」
ヒトはなぜ問題と向き合えなくなったのか?
それは悲痛な体験だから「向き合えない」のではなく、
向き合う機能(現実を視る)がマヒしたまま
知らずに過ごしてきたから
| 結果的に「悲惨」なコト(大きな刺激)で 強制的に「向き合わざる」を得なくなり しかたなく「覚悟」を決めるしかなかったのだと |
前・後半で「問題」について様々な角度から考察してきましたが
結論は「心の器」を育てる、これに尽きます。
それでは次回の「番外編」で「問題そのもの」についての
「幻想」をお伝えしていきたいと思います。
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| ※自然の法則を体系化した考え方のベースとなる然学の【理論編】と それを現実の個々の具体的な日常生活に取り入れ活用していく【実践編】は両輪です。 YouTubeやブログでは基礎的な理論編の講義を主にしています。 より具体的な個々の実際の日常生活における活用の方法【実践編】や、より深い【理論編】などは 個別セッションや各種セミナー、然学トレーニングの中で対応させていただいていますので そちらをご覧ください。 |
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