(▲自然の法則の「しくみ」に触れる▲)
3チャンネルコラボトークPart②♪
前回の特別コラボトークPart➀の続編です
今回も引き続き以前インタビュー動画で出演して下さった
「-ALCHEMIST-ch」のオカモトくん
「アイノキヅキch」のあいちゃん
前回同様、このお二人のチャンネルと特別コラボ企画として
普段の然学の基礎的な概念となる「理論編」とはまた違った
「実践編」としてみなさまへお届けいたします。
| 理論だけでは実際の日常生活において どのように応用活用していったらいいのか分からないという方や 実際にどのように実践しどう人生が変わったいったのかを参考にされたい方など |
Part①動画で語った
最初の難関を通過したお二人が次に直面した課題とは?
そして罪悪感が創り出した幸せになれない構造とは?
今回も実際の取り組み方をぜひ参考にされてみてください
| 然学×特別コラボトーク |
|---|
| 【Part ①】 前回 Chapter 1:望む結果が出ないカラクリ Chapter 2:自分を無視すると全て失う |
| 【Part ②】 今回 Chapter 3:幸せになれない「罪びと意識」 Chapter 4:BeとDoの切り分けの重要性 Chapter 5:「気づき」を得る最短の方法 |
それでは今回のテーマ
《【幸せになれない人の共通点】Be・Do・Haveの切り分けの重要性《実践編:特別コラボトーク2》》
まずは動画をご覧ください
(先にPart①動画をご覧いただく事をおススメします)
※Part①動画コチラ※
※-ALCHEMIST-でのコラボ動画※
※アイノキヅキでのコラボ動画※
●学ぶ前の「心構え」が人生を左右する
「わたし、サンマ」「オレ、豚」
ある定食屋でのシーン
背景がなければ「ギョッと」する会話です。
なんたって「I am SANMA.」ですからねw
察して文化、空気読む日本人がよく使う
「端折(はしょ)り」術です。
とても便利な反面「予測が違ったら」
たちまち悲劇がはじまります。
とはいえ「1を聞いて10を知る」や
「先を読む千里眼」の言葉尻にみられる、
観察力を超えた「洞察力」の高さの証明でもあります。
いちいち説明せぬとも読み取るといえば
「シンボル・ランゲージ(象徴言語)」です。
これは視えない「音」を、見える楽譜という
一種の言語に落し込むことに似ています。
| 「音」は、感覚器官に受け取られる存在 「音符」は、音(存在)を言語化したもの 「楽譜」は、音符(言語)を連ねた物語 |
楽譜が読めない人は、音の感覚は味わえるも、
その構造や意味が理解できないので
「活用」範囲は限られます。
象徴(合図)も同様に、言語化しテーマ化できると
360度広がる空間軸で活用でき、
過去から未来の時間軸での橋渡しもできます。
家庭で起こるテーマは職場でも同様に起きますし
親の未処理の課題は「子や孫」に引き継がれることは
数多のセッションで「イヤと言うほど」痛感しました。
この言語をコンステレーション(星座)のように
スラスラ読み解く体質になるには
楽譜を読めるようになる訓練のように
誰でも可能です。
ただし、白黒はっきりさせることを
メインとする欧米人が
わびさび・玉虫色を好む日本人の文化を理解し
身に付けるようなモノで
ある程度は
その空間にどっぷり浸る期間が必要です。
各国の言語だけ習得しても
文化や慣習が分からなければ
意味深い会話ができないのと同じです。
とはいえ、分化や慣習は目にみえるので、
場に長く留まればある程度は身に付きますが
微細なモノの捉え方・意識の使い方などは、
知識や経験の蓄積だけでは掴めません。
この領域は、肌感覚で
「体得(肚落ち)」する必要があるからです。
こんにちは
ニュートラル・ナビゲーター 長山 恭子です。
前回は、岡本くんとあいちゃんを交えた、
人生に然学を取り入れてからの
ターニングポイント(Part①)についてお伝えしました。
そこでは、意識のあり様(よう)と
「Be・De・Have」の切り分けの重要性が語られました。
まとめると
| 「結果に執着しない(ニシュカーマ・カルマ)」ことで 「Have思考」優位から解放され、 不安と恐れと向き合うことができた岡本くん |
| 「自分と他者の課題の分離」によって モノゴトへの認識がクリアになり、 向かうべき道(役割)に進めたあいちゃん |
今回(Part②)は、実際どんな「カラクリ」を解いて
次のステージへと導かれたかをみていきます。
そのとき必要とされる「前提」が
上記で述べた「体得」というレンズです。
これは、少し説明しずらい概念ですが、
とても重要なステップなので、
あるエピソードを交えて解説します。
●「前提作り」が大切な理由
わたしが然学を伝えるとき、
おもにナニを観察してるかというと
「この方はどんな意識でモノゴトをみているか?」です。
意識の状態によって、
学びを進める前の準備が変わるからです。
前回のブログで述べた「土壌作り」のことですが
・農薬でカチカチになった土地なら
| しばらく耕作せず(何も植えず) ひたすら雑草と微生物に活躍してもらって待つのか →これまで頑張りすぎて無気力になってる方 |
・有機栽培で過剰な肥料が入った養分過多の土地なら
| 耕作しないのではなく雑草や植物に 余剰な養分を吸収してもらって他の場所に捨てる →学びジプシーで頭パンパンに情報詰め込んでる方 |
など、傷んだ土地は「増やして」回復させ、
過剰な土地は「減らして」回復させるように
ナニかを習得、改善、治療するときの前提として
その方の「現在地」を知るプロセスです。
前半動画(chapter1.2)はその土壌改良の様子でしたが
この原理を理解していただくにあたり
わたしのお気に入りエピソードのひとつ
中村天風氏とカリアッパ師の逸話(実話)
を挙げてみたいと思います。
●教えを受けられるまでのプロセス
第二次世界大戦後、
諜報員だった中村 天風※1)氏(以下敬称省略)は
死病とされた「肺結核」を患っていました。
| ※1)中村 天風(1876年-1968年): 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。ニューソート思想の 影響を受けており、日本におけるニューエイジの先駆者ともいわれる by Wikipedia |
欧米を巡り、医学・哲学・宗教などに答えを求めたものの、
納得できる解決を得られず、帰路の途中エジプト・カイロで
ヨーガの聖者カリアッパ(インド人)と出会い、
ヒマラヤ山麓へ同行します。
ところが天風は、
「自分は死ぬかもしれない病なのだから、
早く治し方を教えてほしい」と思っているのに、
カリアッパはなかなか「治療法」を教えてくれません。
天風が「頭を空っぽにする準備ができた」と訴えたところ、
カリアッパは「一匹の犬」を連れてきます。
そして犬の脚をナイフで傷つけ、さらに
天風の腕(か手)にも同じような傷をつけ、
「どちらが早く治るか」と比較させたという話です。
天風は医学知識(医師)を持ってるがゆえに
| 「こんな不衛生なところで傷をつけられた」 「菌が入って化膿するのではないか」 「ただでさえ自分は結核なのに…」 |
と、頭の中で最悪の未来を作り始めます。
実際に天風の傷は悪化し、高熱や寒気などに苦しんだのに対し、
犬の傷は、かなり早く治ったとされています。
そこでカリアッパが天風に問います。
| 「犬は医学を知らない。なのに治った。 一方お前は医学を知っている。 なのになぜ、お前のほうが悪くなったのか?!」 |
この体験で天風は、自分が探していたものは
「方向が逆」だったことに気づかされます。
ここでの「核心」部分は、
生命にはもともと回復しようとする働き(自然治癒力)がある。
しかし人間はその生命活動に
「思考」で介入してしまう、という点です。
犬にも人間にも傷を修復する生理的機能があるが、
人間にはもう一つ、「この傷は危険だ」「悪化する」
「死ぬかもしれない」と未来を想像する能力もあります。
この能力そのものが悪いわけではありません。
現に医学も科学もそこから生まれています。
ところが天風の場合
| 知識→ 解釈(物語)→ 恐怖→ 身体反応 → 恐怖「ストーリー」への悪循環に ハマってしまったのです。 |
●師が「何ヵ月」経っても天風に教えなかったのはなぜか?
ズバリ「教えを乞う天風の“心構え”そのものが、
教えを理解する【妨げ】になっていた」からです。
当時の天風は、切実に「結核を治したい」
「その方法を教えてほしい」と思っていたハズです。
そもそもカリアッパ自身が
『治してやるからついて来い』と伝えてます。
つまり最初から
【病気の自分→ 秘法を教わる→ 健康な自分になる】
という意図を、疑いもなく持っていたわけです。
ところが、カリアッパの真の意図は、
天風が考えてるような「治す方法」ではなく、むしろ
「お前は、なぜ
自分の生命力を信頼できなくなってるのか?!」
という、根底の「問い」だったのです。
すなわち『教えなかったこと自体が【教え】だった!』
ここは禅問答に似ています。
| 師からすると、この意識の状態で生命について どれだけ説明しても、天風はそれをまた 単なる「知識」として受け取ってしまう |
つまり、天風はもともと
非常に知的な人物ですから、
「なるほど、心が身体に影響するのですね」と
頭で理解してしまう傾向にあると分かったのでしょう。
しかしてカリアッパが求めていたのは、
理解ではなく【体得】です。
だからあえて説明しなかった。
そして何ヵ月も「教え」を与えないまま「待った」のだと。
天風はやがて、
「もう頭を空っぽにした。だから教えてください」
というところまで来るも、
まだ「空っぽにさえなれば、
師から答えをもらえる」と思っている。
これは、空っぽのフリで「教えてもらいたい」
「治りたい」「答えを得たい」という
目的(取引)が残っている状態です。
だからこそ、犬との比較(体感)が用いられました。
これによって、天風は初めて、
| 「問題は、 自分がナニかを【知らない】というコトではなく 自分が【知っている】と思い込んでるコトなのではないか」 |
と突きつけられます。
これは非常に大きな意識の転換点であり
教えを授かる「準備」とは、
知識を増やすことではなかったことに気づきます。
●天風の「意識の拡がり」
| 初期の天風 「病気を治す【方法】を教えてください」Have思考 |
▼▼▼
| 修行中の天風 「師の教えを【理解】できる自分になろう」思考優位 |
▼▼▼
| 師の視点に気づく 「そもそも自分が握りしめてる【前提】は本当なのか?」手放し |
ここで初めて、天風の本格的な学び(実践)が始まります。
つまりカリアッパは、天風に新しい教えを入れる前に、
すでに入っているもの(ゴミ)を「空けよう」としていたのです。
「器」がいっぱいだと、いくら善いものを注いでも入らない
しかも厄介なのは、その器を満たしていたものが
知らないという「無知」ではなく、
【知識・経験・常識・恐怖・自己認識】という
現代人には必要とされてる「屁理屈」だったのです。
そして頭の「器」を空にする=知識を捨てる、ではなく
自分の知識・経験・常識・解釈などを、
いったん脇に置いて、「現実をあるがまま視る」
つまり「知らない=無知になる」のではなく、
「知っている【つもり】を外して視る」行為です。
ヒトは現実そのものを見ているつもりで、
「事実+真実(解釈)」※2)という幻想をみています。
| ※2)事実と真実(解釈)については「現実を視る3部作」をご覧ください https://symbollanguage.jp/2026/05/16/1-153/ |
ところが当人は、
この二つの区別がつかないままでいます。
天風の逸話でいうと
「自分は結核である」という事実に
| 「自分は弱い人間」 「自分の生命力ではどうにもならない」 「誰かに治してもらわなければならない」 |
という真実(解釈)を
あたかも事実だと思い込むということです。
ということで、学び初期に取り組むことは、
団子になっているモノゴトを
区別し「分離」させることです。
この区別がつかないまま原理原則を伝えても、
ただの「知識」の山に埋もれ、使い物にならないのだと。
●観察、自己受容、区別、分析、望み
天風が教えを習得するまでの
葛藤プロセスは
然学を取り組むに当たり、
これまでモノゴトを判断してきた
基準を見直すのに非常に役立ちます。
その体得エピソードを今回は
岡本くんとあいちゃんの体験談から
垣間見ていただけたら幸いです。
今回の3チャンネル特別コラボトークは
これにて完結となります。
また次回お会いしましょう
●同時配信コラボ動画♪
今回の3チャンネルコラボ企画はお二人も同時に別の動画を配信しています♪
然学チャンネルとはまた違った視点でのコラボとなりますので
是非ご覧ください♪
自然の法則をどう生きる?|3人で語る「流れに乗る生き方」
他者がいるから自己が分かる。先生と先輩から学ぶ大自然の法則と自分自身
| ※自然の法則を体系化した考え方のベースとなる然学の【理論編】と それを現実の個々の具体的な日常生活に取り入れ活用していく【実践編】は両輪です。 YouTubeやブログでは基礎的な理論編の講義を主にしています。 より具体的な個々の実際の日常生活における活用の方法【実践編】や、より深い【理論編】などは 個別セッションや各種セミナー、然学トレーニングの中で対応させていただいていますので そちらをご覧ください。 |
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