では、つづき。
その前に
「嫉妬」その1で
「ない」と思っていたことは
勘違いで
実は「ある」んだよって
言われても・・・
よくわからな~い!!!!!
もっと詳しく説明してほしい!
と
思われたかもしれませんが
これは
全体の「世界観」を
理解していただく必要があり
文面だけではとても無理なので
ここでは「そうなんだ」
わからんけど・・・
で、いったん収めるカタチ
にしてください。
そのうち
わかってきますから。
こんにちは。
ニュートラル・ナビゲーター 長山恭子です。
それでは
同じテーマを持つ
「される側」の考察に入ります。
「攻撃」する者されるモノ、
事故の「加害者/被害者」は
同じ「テーマ」を抱えるモノ同士です。
両者ともに
「欠乏感」による
「自分責め」が止められない状態。
「ない」と思って嫉妬する側が
「そう(欠乏)」なのはわかります
が、なぜ、される側は「ある」のに
自分を「責める」のかというと、
根底にある「欠乏」を恐怖し
反転して「ある」に
傾いている場合
常に
「失う」恐怖があるからです。
だから「奪われる」かのような
「攻撃(嫉妬)」が
外部からやってくるのだと。
もうひとつの場合は、
「ある」が少しでも欠けたら
という「恐怖」からくる
自己攻撃です。
嫉妬する側は
「これ」がわかる
(自分が攻撃する立場だから)から、
もし自分が
ヒトも羨(うらや)む幸運なんぞ
手に入れたら最後、
どんな仕打ちを
周囲から受けるかわからぬと、
たとえ手に入れても
隠す
自ら放棄する
できるのに、得られるのに
挑戦せず
自分には「ない無いナイ」と
嘘ぶき、逃げ
しまいに
「ひねくれる」という
厄介なシナリオになるのです。
で、ここから本題。
「嫉妬」されたら、
まず「する側」の
意識構造を理解し、
それが自分にもあると
「絶望」しながら受け取ります。
あとは
ゲームに巻き込まれない
(相手にしない)ってコト。
嫉妬とは
肚(はら)と頭の「ズレ」から生じる
「邪気」が、
溜まりに溜まって
抱えきれなくなり
発散するしか
どうにもならない
止むにやまれぬ行為なのです。
その発散に
付き合う(される)側の
3タイプが以下。
①「天邪鬼※」邪魔され不快な気分
②「邪気あり」遠吠えが聴こえる
③「無邪気」 影響なし
※天邪鬼(アマノジャク)=素直でない心
①「天邪鬼」タイプは、
自分にも深い「欠乏感」が
あるも、
見たくないので反転し
ガンバって望みを「得る」ものの
メッキ(無理をしている)が
いつ剥がれるかヒヤヒヤし
不安と恐怖の下
邪魔や誹謗中傷を受けて疲弊。
②「邪気あり」タイプ
多少の「欠乏感」はあるも
それをバネに向上しようと
前向きに望みを「得る」
嫉妬の「遠吠え」は
聴こえるが、気にしない。
③「無邪気」タイプ
嫉妬されるも
本人の耳に入ってこない
—-//
ということで
普段から
「浄化」や「邪気祓い」をし
「自分」でないモノを
手放していかないと
余計なモノが
「アタマ(思考)」にこびりつき
「ココロ(感情)」が病み
「カラダ」が悲鳴をあげてしまいます。
「邪気度合い=嫉妬の度」
嫉妬する対象は
自身のステキな一部でも「ある」し、
嫉妬されて
奪われやしないかという憂いは
「ある」も「ない」もどっちも同じ、
心配無用です。
すなわち
「自分軸」で生きていたら
「嫉妬」という悩ましい世界とは
無縁ですよ~
今ここ 自分で居る
Be here now!
結論:
嫉妬する/されるとは
自身の「成長を止める」行為
だと
アタマに入れておいてください。
豊かさは「無限」ですから♪
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